Acetaminophen’s diary

化学に関すること,TeXに関すること,ゆきだるまに関すること。

TeX Live 2019 注目ポイントまとめ (2)

前回の続きです。

 

5. pTeX の仕様変更:\inhibitglue の有効範囲の変更            

これは TeX Forum でも告知した件ですが,再掲しておきます。

新仕様では,以下のように \inhibitglue の有効範囲が変わります。

  1. \inhibitglue は,その後にノードが挿入されると無効化する。つまり,\null や \hskip や \kern や \vrule といったノード挿入では必ず無効化される。
  2. \inhibitglue は,ノードを挿入しない処理であれば透過する(無効化しない)。つまり,\relax や \let\A\B や数値代入では無効化されない。
  3. \inhibitglue の効果は他のリストに波及しない。つまり,あるボックスの中で発行された \inhibitglue は,その外側には影響しない。
  4. \inhibitglue を無効化する \disinhibitglue という新プリミティブの追加。これは,上記 2. により \relax などが \inhibitglue を無効化しなくなったので,「効きすぎて困った」という場合の対策として使えることを想定。

詳細は上につけたリンク先 forum:2566 に説明したとおりです。

 

6. e-pTeX\pdfsavepos の改良,\readpapersizespecial の新設            

ページ内の現在位置を保存する \pdfsavepos と,それを取得する \pdflastxpos / \pdflastypos に関する改良です。

この座標の原点位置は「ページの左下隅」ですが,より詳細には \pdfpagewidth / \pdfpageheight に応じて決まります。しかし,DVI を経由する e-pTeX では,これらの寸法はゼロになっており,原点位置を設定することができません。そこで,e-pTeX では

papersize special を読み取って \pdfpagewidth, \pdfpageheight を設定する

という,pdfTeX にはない特殊な決まりがありました。e-pTeX バージョン 180901 以降では,この特殊仕様を無効化できるように,\readpapersizespecial というプリミティブが追加されました

\readpapersizespecial
内部整数値で,値が正であれば papersize special を読み取る。ゼロ以下ならば読み取らない。後方互換のため,既定値は 1(読み取る)。

また,「縦組の場合」や「\mag が使われた場合」に,原点位置が誤って計算されてしまうという問題がありましたが,同時に修正されました。

 

7. upTeX 1.24 で Latin Extended-B と Latin Extended Additional をデフォルトで欧文扱い            

昨年の TeX Live 2018 において,upTeX 1.23 で仕様変更が行われ

  • Latin-1 Supplement のうち Latin-1 Letters (U+AA, U+BA, U+C0..D6, U+D8..F6, U+F8..FF)
  • Latin Extended-A (U+0100..017F)

がデフォルトで欧文扱いになりました。TeX Live 2019 の upTeX 1.24 ではさらに,

  • Latin Extended-B (U+0180..024F)
  • Latin Extended Additional (U+1E00..1EFF)

も欧文扱いになりました。

この変更は,最新の inputenc パッケージ(2018年7月以降)がサポートする Unicode 文字の範囲が広がったことに刺激されたものです。

この v1.24 では,このデフォルト値の変更作業中のミスでバグが混入してしまいました(参考)。v1.25 では修正され,しかも特に critical なバグであることから,TeX Live 2019 の期間中であるにもかかわらず,例外的に多くのプラットフォームでバイナリのリビルドが行われました。

 

8. pdfTeX / e-(u)pTeX / XeTeX の新プリミティブ「\expanded」               

いかにも TeX 言語っぽいプリミティブ名です。今回追加された新しいプリミティブ \expanded は,展開可能なマクロの定義に便利なものです。TeX 言語プログラミングではしょっちゅう,悪名高い(しかし一部の人🍣が大好きな)展開制御の「\expandafter 体操」の必要に迫られますが,\expanded があればそれが少々簡略化できる,というわけです。

LuaTeX には相当昔から存在したプリミティブですが,TeX Live 2019 では pdfTeX,e-pTeX,e-upTeX,XeTeX にも新たに \expanded が追加されました

機能説明は別の誰かに譲ることとして,ここでは \expanded の少々特殊な歴史をば少し:現在,pdfTeX はバージョン 1.40.? と付けられています。今でこそ pdfTeX は機能追加もほとんどなく,バグもほとんど発生しないという「安定」ですが,今から10年ほど前(2008年頃)までは pdfTeX にも新機能追加を目指した開発が行われていました(開発場所)。これは将来バージョン 1.50 としてリリースされるはずだったのですが,次第に開発者が離れてしまって現在に至ります。その 1.50 で追加される予定だったプリミティブの一つが \expanded でした*1

 

9. XeTeX:新しい pdfTeX 互換プリミティブ,\UCharcat の拡張               

今年から,XeTeX でも pdfTeX と同様のプリミティブが沢山使えるようになりました。ただし,従来の XeTeX 流の命名規則に則り pdf〜 の接頭辞を取ってあります。幾つかは TeX で乱数を使うために有用ですね!

\creationdate, \filedump, \filemoddate, \filesize \elapsedtime, \resettimer, \normaldeviate, \uniformdeviate, \randomseed

また,\Ucharcat プリミティブにも機能拡張が入っています。

これらはいずれも,LaTeX3 team がリクエストしたものです。「新しいプログラミング言語 expl3 を強力なものにするため,足りない機能を追加していく」という流れは今後も続くのではないかと思います。

 

10. pdfTeX の新プリミティブ \pdfomitcharset                

「dvipdfmx で作った PDF」が Acrobat のプリフライトを通りやすくなった件を先ほど書きましたが,「pdfTeX で作った PDF」にも改良が入りました。

簡潔には,「/CharSet が不完全で PDF/A として不正になってしまう場合に,\pdfomitcharset プリミティブを発行すれば PDF に /CharSet を書き出さないようにできる」ということのようです。

 

11. MetaPost の制限版 r-mpost コマンドの追加                            

2016年11月28日に,制限付きシェル実行 (restricted shell escape) に関連するセキュリティホールが見つかったことを記憶している方もいるかもしれません。

これ以前は,MetaPost の起動コマンド mpost が shell_escape_commands リストに登録されていました。しかし,上記のセキュリティホールが見つかり,即日 mpost はこのリストから外されてしまいました。結果的に,例えばみなも氏の MePoTeX パッケージなどが(-shell-escape なしには)使えなくなってしまいました。

これは困った… というわけで,MetaPost 本体に改修が入りました。

  1. TeX Live 2017 で,MetaPost に「外部コマンド起動を抑制する -restricted オプション」が追加された。
  2. TeX Live 2019 で,「r-mpost」というコマンドを実行すると「mpost -restricted」と同じ意味を表すことになった。

新設されたコマンド名は以下の通りです (r49614, r49616)。

  • 制限付 mpost →「r-mpost」
  • 制限付 pmpost →「r-pmpost」
  • 制限付 upmpost →「r-upmpost」

このうち「r-mpost」は texmf.cnf の shell_escape_commands にも追加され (r49551),晴れて再び TeX から MetaPost を r-mpost という名前で呼び出せるようになりました。

余談:TeX Live にはいくつか「r」を頭につけて「制限付き」を表すことにしたコマンドが存在します。
  • epstopdf → repstopdf
  • pdfcrop → rpdfcrop
この慣例とは異なり,今回の mpost 系列では「r-」という接頭辞が付いていますので注意してください*2

 

12. dvisvgm が PDF → SVG 変換をサポート                            

DVI を SVG に変換するツール dvisvgm は,割と新しい SVG 画像作成ツールで,名前の通りメインは DVI → SVG 変換ツールです。pTeX で日本語文字が出てくる DVI も変換できるほか,EPS → SVG 変換もサポートしていることが知られています(過去記事も参照)。

TeX Live 2019 には,dvisvgm 2.6.3 が収録されています。この新しいバージョンで, PDF も入力ファイルに指定できるようになりました(v2.4 で新設)。つまり,dvisvgm を新しい PDF → SVG 変換ツールとして使うことができます

通常の DVI 入力の場合はコマンドが dvisvgm hoge.dvi ですが,PDF 入力の場合は dvisvgm --pdf hoge.pdf とします。あるいは,長いオプション --pdf を短縮形 -P で代替することもできます。入力する PDF は複数のページを含んでいても問題ありません(v2.5 でサポート)。残念ながら,「マルチページ PDF をアニメーション SVG に変換」ということはできないようです。この用途には WindowsmacOS 向けアプリケーションである TeX2img を使いましょう

 

13. 新しいツール:dvispc と chkdvifont と ctwill                            

Windows ユーザの方は,dviout という DVI ビューアを知っているかもしれません。大島先生が開発された歴史あるビューアで,高機能のため,WindowsTeX Live に収録されている唯一の DVI ビューアです。実は,この dviout にはビューア本体の他に,いくつかの「単体でも便利なツール」が一緒に含まれています。そのうちの2つが,dvispc と chkfont でした。

  • dvispc:バイナリである DVI とテキストファイルを相互変換する機能,DVI に使われている色指定の \special がページをまたぐ場合に修正する機能などを提供するプログラム。
  • chkfont:DVI でどんなフォント(正確には TFM ファイルの名前)が使われているかを表示するプログラム。他に,TFM ファイルや PK ファイルなど,TeX 特有のフォント形式のファイルを読み取り,基本的な情報を表示することができる。

これまでも,TeX Live の Windows 版にはこっそり含まれていたのですが(c:/texlive/2018/tlpkg/dviout の中の dvispc.exe と chkfont.exe がそれです),もっと Windows 以外の人にも使えるようにということで,TeX Live で正式に全てのプラットフォーム向けにビルドして配ることにしました(それを機に,chkfont は chkdvifont に改名されました)。機能の詳細については,それぞれ dvispc-ja.txtchkdvifont-ja.txt を参照してください。

ctwill というのは,CWEB 関係のなにかのようです。CWEB と聞いてピンと来る人は見てみるといいかもしれません。 → cwebbin

 

14. dviconcat で縦組を含む DVI の ID を必ず 3 に                            

これは,昨年 dviselect などを pTeX に対応させた際の考慮漏れによるバグでした。

通常の TeX が出力する DVI では ID が 2 ですが,pTeX には「DVI の中でどこか一箇所でも組方向変更する場合は,識別のため ID を 3 にする」という仕様が存在します。これに従わないと,dvipdfmx などが DVI を解釈するときにエラーをします。

ところが,昨年 pTeX に対応したつもりだった dviconcat で,最後に結合される DVI が横組だけの場合に誤って ID を 2 にしてしまうバグが見つかったので,今回 TeX Live 2019 では修正されています。

 

15. kanji-config-updmap(-sys) で noto / sourcehan サポート                            

TeX Live 2019 では,Noto Serif CJK / Noto Sans CJK あるいは源ノ明朝・源ノ角ゴシック (Source Han Serif / Source Han Sans) を kanji-config-updmap(-sys) で設定できるようになりました。ただし,サポートは完全ではありません

これらのフォントをデフォルトで埋め込む場合は,下記のコマンドを実行します。

  • (sudo) kanji-config-updmap-sys noto: Noto の OTF 版
  • (sudo) kanji-config-updmap-sys noto-otc: Noto の OTC
  • (sudo) kanji-config-updmap-sys sourcehan: Source Han の OTF 版
  • (sudo) kanji-config-updmap-sys sourcehan-otc: Source Han の OTC

ただし,以下の通り制約があります

  • 使えるのは upLaTeX + dvipdfmx だけです(つまり,pLaTeX では使えませんし,dvips を経由する場合も使えません)。さらに,upLaTeX + dvipdfmx であっても,クオート(ダブルクオート“”やシングルクオート‘’は使えません
  • OTF パッケージが提供する命令については,\UTF は使えますが,\CID は使えません。また,\aj~シリーズの一部や,横組み専用・縦組み専用仮名 (expert) やルビ専用仮名も使えません
  • 上記「使えません」は,現時点では,表示されない或いはエラーになるというわけではなく,フォントが非埋め込みになります。

おおざっぱな書き方のため,他にも多くの機能上の制約が存在すると思います。この点に注意してお使いください。これらの機能上の制約は,pxchfon パッケージを使うことで一部解消しますので,当方としてはこちらをお勧めします。

 

16. その他                      

細かい修正です。

  • makejvf で明らかに間違った使い方を禁止
    • 和文 VF を作るために使う makejvf ですが,その使い方が誤解されるケースが時々ありました。例えば,makejvf jis jis のように,第一引数と第二引数を同じにすることはあり得ません((なぜだか分からない場合は,和文 VF の存在意義を考えてみてください。makejvf のマニュアル texdoc makejvf もヒントになるでしょう。))。TeX Live 2019 の新しい makejvf では,このような「明らかに間違った使い方」を封じて,エラーを出すようにしました。
  • upBibTeX がフリーズする問題の修正

 

駆け足でしたが,私が把握している変更点は以上です。

*1:pdfTeX の後継とされる LuaTeX に \expanded がもともと存在したのも,この日の目を見なかった pdfTeX 1.50 の影響だと考えられます。

*2:ちなみに発案は私です;-) → ここ