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Acetaminophen’s diary

化学に関すること,TeXに関すること,ゆきだるまに関すること。

化学の歴史:化学構造式の成り立ち(1)

今回からときどき、このブログで「現代化学史」という本に関連した話題を書こうと思っている。

現代化学史: 原子・分子の科学の発展

現代化学史: 原子・分子の科学の発展

 

この本は「化学がどのようにして生まれ、発展してきたのか」という一連の流れを、化学史に関わった多くの人々や社会的背景を踏まえつつわかりやすくまとめている。古代ギリシャに始まる化学の源流から近代化学の誕生、そして現代の化学への発展の過程が手に取るようにわかる。

化学を専門にしている人でも、この本のような「化学の成り立ち」や「化学に生きた人々の軌跡」といった歴史的側面に触れる機会はほとんどないため、読んでいて大いに興味をそそられる。こうした内容に触れた本は国内では非常に限られているにもかかわらず、一人の著者が書いたとは思えないほど一冊で実に幅広くカバーしている。

というわけで、まずは

「化学構造式はどうやって生まれたか」

というテーマから始める。

 

化学はさっぱりわからないという人によくいわれるのが「化学をやっている人は、よく六角形とかジグザグの線とか描いているけれど、何がなんだかさっぱり意味が分からない」とか、そもそも「CとかOとか元素記号を使う意味が分からない」とかいったことである。それらが積み重なって、化学は難しいものだという意識になっていくらしい。

確かに化学者にとって構造式は非常に重要で、理解の大きな助けとなることは間違いない。しかし他の分野の人にとっては、化学を身近に感じられない大きな要因になっているらしい。構造式は有機化学の誕生と発展の過程で生まれ、重要な役割を果たすようになったので、その試行錯誤の過程を有機化学の歴史と関連づけながら考えていく必要があるが、まずは前提として「原子と分子」の概念の誕生から簡単に振り返り(このあたりは高校化学と重複するので、読み飛ばしても大丈夫)、そのあと有機化学の誕生をみていくことにする。

先に上の書籍以外に参考になりそうな文献を挙げておく…が、非常に少ない。何かほかに良いものがあればお知らせください。

最近は卒論の関係で忙しく、続けてこのテーマの記事を書き続けるのはしんどいので、時間のある時に少しずつ書き進めていこうと思う。今日は第1回。

 

原子という概念

近代的な原子の概念が生まれたのは、19世紀の前半になってからのことである。それまでは古代の哲学的な概念から始まり、フロギストン説などさまざまな説が生まれた経緯があるが、そのあたりは書籍で。

18世紀のラボアジェによって「物質を何らかの方法で、これ以上分解できないところまで分解して得られる物質=元素」という近代的な定義はつくられたが、同時に「元素の数や本質については全く知りえないのであり、それらを問うことは不毛な形而上学的理論である」として退けられた。

この考え方は19世紀初めにドルトンによって否定される。彼は「元素ごとに異なった質量と大きさを持つ原子」という説を提唱し、原子を記号を用いて表した。これが現在の元素記号の始まりで、よく教科書でも見かけるアレだ。元素ごとに円記号が割り当てられ、当時考えられていたそれぞれの原子の質量が明記されている。

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ドルトンはこれを基に種々の反応を説明しようと試みた(下図は Chemical Principles/Are Atoms Real? - Wikibooks, open books for an open world より)。

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まだこのころは原子と分子の区別がはっきりしていなかったことが読み取れるが、ドルトンの記号は「原子の存在を仮定すると化学反応を視覚的に捉えられる形で説明できる」という大きな意味をもたらした*1

ドルトンの記号は印刷に不便だったため*2、その直後の1813年にベルセーリウス元素記号として「ラテン名のイニシャル又は最初の2文字」を用いる体系を提案した。「化合物名を構成要素の元素記号を隣り合わせで表し、数字は下付きに」という現在落ち着いている方法を最初に用いたのは1834年リービッヒのようだ。

 

分子という概念

1808年にゲー=リュサックは「気体どうしの反応の体積比は常に簡単な整数で表せる」という法則を報告した。しかし、ドルトンはこのゲー=リュサックの法則を信じなかった。というのも、単体の気体分子は単原子であるという当時の定説を仮定すれば、この観測結果は理解しがたいものだったからである。しかし、気体分子が単体であっても複数の原子から成っていると考えれば上手く説明できるとして、分子と原子をはっきり区別したのがアボガドロである。

1811年の論文で、彼はゲー=リュサックの法則とドルトンの原子論に基づき

  • 同一圧力・温度では、同じ体積の気体は種類に依らず同じ数の分子を含む
  • 反応に関与する気体の分子は“半分子”すなわち原子に分離する

と仮定した。これによって現象をすべて上手く説明できたが初めは全く受け入れられず、この説は以後50年近くも無視され続けた。

 

(続く)

*1:ドルトンの記号以前にも物質を記号を用いて表そうという試みはあったが、物質は原子という形態を持った元素が集まってできているという概念に基づくものではないので、実際の現象を説明するには不十分であった。例えば以下のようなものがあったらしい(図は日本大百科全書[ニッポニカ]の「元素記号」の項より)。

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…この辺りのことも別の機会にどこかで書くかも。

*2:うん、LaTeX で描くのも大変そうだ笑